ジェンべ・フォラとの遭遇 #5


「Hがこのあと夕方に、
新しいジェンべのバンドでライブするから
もし時間があったらのぞいてみたら?」

ある日の教室で、そうYさんが教えてくれた。

HくんはYさんの友人だ。
と言っても、Yさんよりも若くて、
どちらかというとYさんよりもわたしの方が歳は近い。
Yさんを通じて会うことが時々あり、
ジェンべ教室の忘年会はいつも
Hくんの実家の天ぷら屋さんだった。

その当時Hくんは、
民族音楽ベースの創作音楽を演奏するバンドで
ジェンべを担当していた。
明るくてノリが良くて、でも決める時はバッチリ決めて、
鏡を見ながら練習しているという噂があるHくん、
その成果なのかどうかはわからなかったが
華のあるHくんのパフォーマンスを
すごくかっこいいなぁと思ったのを覚えている。

ライブまでの時間を、
ランチをしたりYさんのお店に立ち寄ったりして
時間をつぶした。

場所は教室のあるスタジオから徒歩圏内にある、
経営破綻して閉店した老舗デパートだった。

当時わたしが住んでいたO市の
中心部南側の長くて賑やかな商店街にあり、
アールデコ調の装飾やステンドグラスが
格式ある雰囲気の歴史ある建物だった。
デパ地下の入り口は地下鉄の駅とも直結していて、
いつも人でごったがえしていたはずなのに、
まさかそんなところが閉店してしまうなんて。

不景気ってこういうことか、と思ったけれど、
景気の新芽が枯れきってしまったような時代は
あの頃もうすでにはじまっていたんだなぁ。
その後わたしの身にも少なからず
そういう景気の影が及ぶことになるのだが、
この時はまだ全くの他人事だった。

会場に到着した時、
すでにHくんのバンドの演奏は始まっていた。

もとデパートだった姿を残したままのフロアで、
ジェンべの音が高らかに響いていた。
メンバーは全員日本人の男性だった。
その中に、ママディさんのワークショップで出会った
あのIくんがいたことにも驚かされたが、
もっと驚いたのは、
Hくんのバンドにはジェンべだけじゃなく、
ドゥンドゥンを演奏している人がいたことだ。

ドゥンドゥンとかサンバンとか
そんなの演奏できる人が日本人にいるんだ!
ていうかあんな大きな太鼓を
自分で持ってる人がいるって、すごい!!

ジェンべはひとり一台。
何となくそれが当たり前になっていて、
でもドゥンドゥンを持っている人は
わたしの周りのジェンべ仲間には
全くいなかったから、
この時ものすごく驚いたのをよく覚えている。

Hくんのバンドのように、
アフリカの伝統的なスタイルの音楽を
アフリカ出身者以外の人たちだけで演奏する
グループやサークルは、
今でこそ日本各地にいろいろあると思う。
でもわたしの知る限りであの頃は、
今よりも本当に少ない時期だった。
わたしが見たのもこれが初めてのことだった。

当時のわたしは
ママディさんのワークショップに行ったり
教則ビデオを見たりはしていたものの、
注目していたのは思いっきりジェンべのみだった。
ドゥンドゥンとサンバン、そしてケンケニは
ママディさんの教則ビデオの中だけの楽器で、
そしてジェンべよりも難易度が高そうな気がして、
わたしが叩くことなんてまずないだろうと思っていた。

ま、今じゃ太鼓はそれしか叩いてないんですけれど。
人生なんて本当に、
どうなるかわかったもんじゃありません。

というかね、ドゥンドゥンもジェンべも、
本当はどっちが難しいとかそんなことは関係なくて、
自分のルーツではない異文化の楽器を学ぶという意味では
多分どちらも全く同じことなんだと思う。

例えば音を叩き分ける技術が必要っていう点では、
ジェンべの方が大変かもしれない。
でも楽器自体の値段や普段の持ち運びに関しては
ドゥンドゥンの方が数倍大変だ。

でもそんなことは、
本当にジェンべやドゥンドゥンがやりたいならば
実は大した問題ではなかったりもする。

必要なのは問題を乗り越えようとする姿勢と気合いだ。
そんな根性論なんて、と思われるかもしれないけれど
異文化を学ぶには必要だとわたしは思っている。
だって、自分の遺伝子にない文化を
わざわざ選んでやるんだもん。
失敗や勘違いにいちいちメゲているようでは、
続けてなんていけない。
突破できるまでトライするのみ。
何事も為せば成る、かもしれない可能性を
信じてやっていくしかない。
孤独なアスリートのような精神なのである。

あら、話が脱線してしまった。

もちろん当時のわたしは、
そんなことは全く考えていなかったので、
Hくんたちの初めて見る演奏に
こういうことができる人たちがいるんだなぁと
ものすごく感心した覚えがある。

Hくんたちのこのバンドは、
その後何年もかけて日本を代表するような
アフリカンパーカッショングループになる。
わたしはその頃はO市を離れているのだが、
それでもアフリカ関連のイベントなどで
O市に遊びに行った時などに、
何度もHくんがジェンべを演奏する姿を見た。
他の誰よりも華があって、
いつ見ても相変わらずかっこよかった。

ドゥンドゥンを作ってる風景。
大雑把に削っているように見えますが
実はかなり計算されていて、
職人さんの腕がかかっています。

あ、そうそう、
お気付きの方がいらっしゃるかもですが、
アルファベットで登場する方々は、
みなさま呼び名とは関係なく
苗字の頭文字を拝借しております。

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