ジェンべは突然やって来た #5


今なら多分こんなことは絶対ありえない。
消費者を守ると謳われた法律もあるし、
電話の相手に苦情を申し立て、
さらに自分が納得のいく答えを
問いただすことのできる意思と図々しさを、
今のわたしは持ち合わせている。
泣き寝入りなんて絶対許さない。

だけど若くて世間知らずで気弱だった
あの頃のわたしは
その一本の電話で完全に撃沈してしまった。

欲しかった、欲しかったよ。
だけどこんな形で
手にすることになるとは。
安い買い物じゃないし、
もっとじっくりと、ゆっくりと、
迷いながら決めるのかと
なんとなく思ってたな。

でもいいのかな。
そういうものなのかな?
Dが選んでくれたって奥さんが言ってたし。
楽器屋さんにも売ってないし。

いや、でも、
このケースの柄はちょっとな、、、

アフリカ風の仮面がモチーフになった
モノトーンのプリント柄。
ギニアへ何度も通い、
ギニア人と結婚までした今となっては、
その柄はすごく洒落ているとわかる。
だけどその時はギニアどころか
アフリカンなデザインのものに対して
全く免疫がなかった。
無表情で並んだ仮面の絵が
ただただ不気味に感じられた。

ジェンべの脚の部分には、
悩んでいるようなポーズで座っている
人物の絵が掘られていた。
その横にDのサインらしきものが書いてあった。
可愛らしいスマイルマークがついた
手書きのサイン。
Dの優しい笑顔が思い浮かんだ。

預金通帳には
先日振り込まれたばかりのボーナスがある。
勤め始めてまだ2年目だったから
ボーナスの金額としては大したことないけれど
このジャンベを買うには充分だった。

うん、これもタイミングなのかな。

突然うちにやって来たジャンベは、
この日からわたしの大切な相棒となった。

当時の仮面柄のケースはもう手元になく、
今思えばそこまで悪くなかった気がします。
これはニンバという名前の精霊像。
こんな目をした仮面の柄でした。

(叩きたくてたまらない #1へつづく)

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